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■国家資格取得のための修学費用を負担した場合に返還請求できるか確認する

 当社では、業務に必要な国家資格取得のための費用を負担している。

 修学費用については、資格取得後3年間勤務した者は免除しているが、規定の年数を満たせず、退職した者については、かかった費用を請求している。

 ところが、3年を待たずに退職した労働者Jは修学費用を返還を拒否し返還に応じないが、当社の返還請求は無理なのか。

 お題のケースは、いわゆる「お礼奉公」と呼ばれている労働契約の一つの形態と思われます。お礼奉公とは、労働者が資格取得や技能習得のための費用を使用者に肩代わり(修学資金の貸与)してもらい、その資格取得後や技能習得後に当該使用者の会社で一定期間働くと、貸与金の返済が免除されるという労働関係の形態です。たとえば、看護学生だった労働者が看護師資格を取得後、看護学校の諸費用を修学資金として貸与していた病院に、一定期間働くと、貸与されていた修学資金を返済する必要がなくなるというシステムです。これは、労働者・看護学生にとっては費用の貸与を受けることなどの、また、使用者・病院にとっては看護師不足の中で人員の確保ができるという、双方にメリットがあることから病院関係で多く活用されています。

 しかし、お題にもあるように、資格取得後に所定の勤務期間の途中に退職することがあり、裁判となっている事例があります。裁判例をとおして、対応策を考えます。

 なお、同様の修学資金返還請求に関して、前掲「■入社後一定期間の就労を前提に支払った研修費について、退職した者に対して返還を請求できるか確認する - Epic & company ページ!」を参照してください。

<POINT1.修学費用返還免除とは>

 労働者が資格取得、技能習得、海外留学を行うに際して、そのために必要となる費用を使用者から貸付金として給付されることがあります。その貸付金の返還について、一定期間、当該使用者の下で勤務すれば返還を免除するという停止条件を付している場合があり、それは返還免除特約付きの金銭消費貸借契約の形態であるといえます。

 資格取得後や技能習得後、一定期間就労を継続することを免除条件とする契約で、その趣旨は、すぐに退職されては使用者側の人材確保との期待にそぐわないからです。

 この契約では、所定の期間前に退職すれば、期間満了まで勤務するという条件が成就されないので、免除特約の効力が発生しないこととなり、貸与金の一括返還が求められることとなります。

 しかし、民法上は、金銭消費貸借契約が成立したとしても、労働基準法(以下「労基法」)第16条「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない」の賠償予定の禁止に反し、労基法第13条「この法律で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効とする」により、当該契約の成否が問題となります。当初の修学費用・金銭消費貸借契約が有効に成立していても、労基法第16条違反となった場合は、当該契約は無効となり、返還請求できなくなります。

 お題の場合は、会社が労働者Jの修学費用を負担するに際して、資格取得後3年間の勤務継続した場合の費用返還免除条件付きの金銭消費貸借契約を締結していると思われますが、その免除条件である期間前に退職し、しかも修学費用を返還していない、とのことですので、返還請求できるのか、労基法第16条の成否を問われないかです。

 

<POINT2.裁判例>

 お題は、国家資格取得のための修学費用の貸与とその返還免除のことで、同様の問題はいわゆる「お礼奉公」の事例が多く、裁判例として看護学校修学資金貸与にかかる事件を紹介します。

 

1. 和幸会(看護学校修学資金貸与)事件[大阪地判平14.11.1]

 医療法人Xが、労働者が看護学校入学時、修学資金貸与契約を締結していたものの貸与条件に反し、労働者が退学したので、貸与していた資金の返還請求をした事件。

 修学資金貸与については、修学資金は原則として返済すべきですが、免許取得後2年以上の勤務で貸与金の一部免除、3年以上勤務で貸与金の全部免除との看護婦修学資金貸与契約が締結されていました。本件については、労基法第14条および第16条の成否が争点となっています。

 裁判所は、「本件貸与契約は、将来原告の経営する病院で就労することを前提として、2年ないし3年以上勤務すれば返還を免除するという合意の下、将来の労働契約の締結及び将来の退職の自由を制限するとともに、看護学校在学中から原告の経営する病院での就労を事実上義務づけるものであり、これに本件貸与契約締結に至る経緯、本件貸与契約が定める返還免除が受けられる就労期間、本件貸与契約に付随して被告A及び被告Dが原告に提出した各誓約書の内容を合わせ考慮すると、本件貸与契約は、原告が経営する病院への就労を強制する経済的足止め策の一種であるといえる。したがって、以上によれば、本件貸与契約及び本件連帯保証契約は、労働基準法14条及び16条の法意に反するものとして違法であり、無効というべき」と判示しました。

 

2.医療法人杏祐会元看護師ほか事件[広島高判平29.9.6](看護学校修学資金等の貸付契約の成否と貸付金返還請求)

 労働者乙山は就労していた甲病院から准看護学校在学中の修学資金として本件貸付①をさらに看護学校在学中の修学資金として本件貸付②の貸付を受けていましたが、それらの修学資金には「返還免除規定」として「看護婦6年以上、准看護婦4年以上」と定められていました。乙山は甲病院に准看護婦4年、看護婦4年5か月勤務して退職しましたが、貸し付けられていた修学資金を返還することなく退職したため、甲病院は資金返還免除にあたらないので乙山と連帯保証人に対して修学資金全額の返還を求めて提訴しました。なお、貸付①については、原審で「免除したと認められる」と判断され、争点は貸付②に絞られていました。

 裁判所は、争点の資金貸付②の返還免除について、控訴人病院の返還免除規定による免除条件の期間と額の実態を精査し、「労働基準法14条が労働者の退職の自由を制限する限界(特定の職業を除く。)としている3年間の倍の6年間であり、同条の趣旨からも大きく逸脱した著しい長期間である」こと、および「本件貸付②の要返還額は、G看護学校在学中の被控訴人乙山の基本給の約10倍の108万円であって、この返還義務の負担が退職の自由を制限する事実上の効果は非常に大きい」こととの事実認定を行い、「本件貸付規定により、労働者の退職の自由について課す制限は、目的達成の手段として均衡を著しく欠くものであって、合理性があるとは到底認められない。」と判断し、「実質的には、経済的足止め策として、被控訴人乙山の退職の自由を不当に制限する、労働契約の不履行に対する損害賠償の予定であるといわざるを得ず、本件貸付②の返還合意部分は、労働基準法16条に反するものとして同法13条により無効であり、本件貸付②は、返還合意なき給付金契約になり(したがって、給付金は不当利得とはならない。)、本件貸付②に係る貸金債務は返還合意を欠くため成立せず、本件貸付②に係る被控訴人の連帯保証債務も附従性により成立していないことになる」と、原審判断を踏襲して控訴棄却との判示を行いました。

 

<POINT3.裁判例のポイント>

 裁判例から読み取れる会社の返還請求が認められるポイントは次のとおりです。

 

1. 修学資金貸付の目的

 修学資金貸付契約の内容に、「POINT2.裁判例」の2.のように「将来原告の経営する病院で就労することを前提」としたり、また、裁判例⑵のように返還金の額が大きいと「この返還義務の負担が退職の自由を制限する事実上の効果は非常に大きく、実質的には、経済的足止め策として、被控訴人乙山の退職の自由を不当に制限する」ことから、労働契約の不履行に対する損害賠償の予定であるといわざるを得ない、と判断されます。

 特に前者のように、修学資金貸付契約の内容に資格取得後の(継続する)労働契約をリンクさせると問題となります。つまり「資格取得後(卒業後)2年間この病院で勤務しなかった場合は、支給した金員は返還しなければならない」との契約内容は、労基法第16条上の問題となります。

 そこで、「貸与した修学資金〇〇万円の返済義務があることを確認する。ただし、卒業後3年間勤務した場合は返済を免除する。(なお、勤務期間により返済額を配慮することがある。)」との内容であれば金銭消費貸借契約として大きな問題とはなりません。

 ちなみに、多くの場合は病院から貸与金の一括返済を求められることが多いのですが、括弧内のなお書きは卒業後の勤務期間に応じて返済額を減額されるとするもので、あらかじめ明確にすることが望ましいことです。

 また、貸付金の目的が、労働者本人の能力開発目的や個人的利益につながる場合には返還請求が認められるものがあります。たとえば、留学費用や自動車第二種免許取得費用などの裁判例です。

 

2.返還免除となる期間の設定

 返還を免除する就労期間の設定について、労基法第14条では「労働契約は、期間の定めのないものを除き、一定の事業の完了に必要な期間を定めるもののほかは、3年(次の各号いずれかに該当する労働契約にあつては、5年)を超える期間について締結してはならない。」とされています。そこで、一定期間を「3年」以上とした場合は、先の「POINT2.裁判例」のように「6年間であり、同条の趣旨からも大きく逸脱した著しい長期間である」であり、退職を不当に制限していると判断され、請求棄却の大きな一因となります。

 お題のように、3年以内に設定することが望ましいと思われます。

 

<POINT4.まとめ>

 過去には、いわゆる看護師養成のための「お礼奉公」といわれるシステムがありました。つまり、准看護師や看護師資格を取得した後、その病院で数年間働くことを義務づけられていることです。その多くは病院が修学資金を貸与し、数年間勤務すれば貸与金の返還を免除するというものです。

 このようなシステムは、一定期間の勤務を条件として、使用者から留学費用を出して貰い海外留学する事例や中長期間の外部研修・講習を受ける場合などにもあてはまります。その場合、条件とされていた期間が経過する前に退職する際に、留学費用や研修費用などの返還を求められることがあります。

 一方、それらの修学資金等を貸与していた使用者は返還を求めることはできるのか。修学資金等の貸与にあたっては、次の点に留意することが肝要です。

  1. 修学資金貸付の目的の明確化⇒修学資金貸付契約に資格取得後の(継続する)労働契約との関係づけを避けること。
  2. 返還免除となる期間の設定の適正化⇒労基法第14条の就労期間を考慮すること。

※当記事作成日時点での法令に基づく内容となっております※


≪参考となる法令・通達など≫

  • 長谷工コーポレーション事件[東京地判平9.5.26]
  • 和幸会(看護学校修学資金貸与)事件[大阪地判平14.11.1]
  • 東亜交通事件[大阪高判平22.4.22]
  • 医療法人杏祐会元看護師ほか事件[山口地判萩支判平29.3.24]
  • 医療法人杏祐会元看護師ほか事件[広島高判平29.9.6]