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■従業員が手書きのメモを基に割増賃金を請求してきた場合、割増賃金を支払わなければならないか確認する。

 当社で勤務している従業員Aが、未払残業代を支払ってほしいと言ってきた。

 当社ではタイムカードを使用しているが、その従業員はタイムカードを打刻したあとで自主的に残って業務を行っていたといい、勤務時間を記載した手帳を見せられたが、そのようなものを基に残業代を支払わなければならないか。

 裁判例によりますと、労働基準法(以下「労基法」という)の労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれた時間、とされています(三菱重工業長崎造船所事件[最判平12.3.9])。

 また、労働時間と認定されるためには、使用者の明示または黙示の指示を要す、とされています(京都銀行事件[大阪高判平13.6.28])。

 したがって、タイムカード打刻後、労働者が自主的に行った残業について、使用者の指揮命令下に置かれたものと判断されるかが問題となります。その判断をするためには、タイムカード打刻後の残業の必要性(業務量が多いなど)、またはその他の証拠の有無や、その証拠について確認・点検することが必要になります。その上で、実際に残業していたことが確認できた場合は、その確認できた範囲で残業代を支払う必要があります。

 なお、使用者には、タイムカード等の記録がない場合でも、実際に残業を行うことが余儀なくされるという事情が認められれば、割増賃金を支払う義務があります。労働者が作成した手帳等でも客観的事情があったり、合理的であれば、残業代の支払いが必要になる場合があります。

<POINT1.労働時間の管理義務>

 労働時間とは、裁判例においては「使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に決まるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんにより決定されるべきではない」と判示されています(三菱重工業長崎造船所事件[平12.3.9])。

 また、労基法第32条では、休憩時間を除き1週40時間または1日の8時間の労働時間の限度を定めており、これが法定労働時間とされています。

 さらに、労基法第37条において、この法定労働時間を超えて残業(時間外労働)をさせた場合には、割増賃金の支払いが使用者に義務づけられており、違法な残業に対しては刑事罰の規定もあります。

 その他、労基法第108条・第109条において、労働日、労働時間、賃金等を労働者各人別に記入した賃金台帳の作成と5年間(※)の保存を義務づけています。

 したがって、使用者においては、各労働者別に労働日数、労働時間数、残業代などの賃金額について、賃金台帳に記載しなければならず、そのためには各人ごとの労働時間数等を適正に把握・管理する責務があることになります。

※関係文書等の保存期間については令和2年労基法改正により従来の3年間が5年間と変更されています。ただし、当分の間は従来どおり3年間です。

 

<POINT2.労働時間の把握方法>

 労基法により、使用者は、労働時間数を適正に把握し記録することが義務づけられています。その上で、使用者は労働時間の管理や賃金の支払いなどに際して法律違反をしないよう求められています。そのためにはその前提として、使用者が労働時間数をどのような方法で適正に把握するかが課題です。

 しかしながら、労働時間の具体的な把握方法については、法律に明示されていないことから、会社ごとに独自に労働時間を把握・管理する方法を就業規則等によりルール化して運用されています。

 そのような中でも、サービス残業や過労死などの問題が顕在化していることから、労働時間の管理が重要であるとして、平成13年「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準」の行政通達が発出され、平成15年には、労働時間の管理について「賃金不払残業の解消のために講ずべき措置等に関する指針」が出されています。さらに、平成29年には「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」が策定されています。

 このガイドラインにおいては、使用者が労働者の労働日ごとの始業・終業時刻を確認し、適正に記録することを原則としつつ、具体的な方法として、次の事項を示しています。

①原則として

<ア>

 使用者が自ら現認することにより確認し、記録すること。

<イ>

 タイムカード、ICカード等の客観的な記録を基本情報として確認して、記録すること。

 

②やむを得ず自己申告制で労働時間を把握する方法として

<ア>

 自己申告を行う労働者や労働時間を管理する者に対しても自己申告制の適正な運用等ガイドラインに基づく措置等について、十分な説明を行うこと。

<イ>

 自己申告により把握した労働時間と、入退場記録やパソコンの使用時間等から把握した在社時間との間に著しい乖離がある場合には実態調査を実施し、所要の労働時間の補正を行うこと。

<ウ>

 自己申告した労働時間を超えて事業場内にいる時間について、その理由等を労働者に報告させる場合には、当該報告が適正に行われているかについて確認すること。

<エ>

 使用者は労働者が自己申告できる時間数の上限を設ける等適正な自己申告を阻害する措置を設けてはならないこと。

 

<POINT3.残業代の請求に対する対応について>

 お題の場合、タイムカードにより労働時間の管理を行っているとのことですが、当該労働者はタイムカードを打刻した後に自主的に残業を行い、その時間について手帳に記録しており、それを証拠として不足している残業代を請求してきたということです。

 したがって、自主的に行った残業には、タイムカード等に基づく立証はなく、労働者の手帳に信用性があるかどうかが問題となります。

 上記「労働時間の把握方法」説明文のガイドライン②による説明のとおり、実際に残業を行ったのか、行った場合はその時間数は、として実態を確認する必要があります。さらに、タイムカードの打刻後の残業の業務上の必要性(業務量)についても検討する必要がありますし、また、隠れてまでなぜ残業したのか、その理由についても確認する必要があります。加えて、タイムカードの他に残業時間の立証方法(作業日報、パソコンの使用時間、入退場記録、メールの送受信等)があるか否かも確認する必要があります。

 そこで、上記のような検討や確認等を行って、残業の必要性(業務量が多い)がある場合や、黙示の指示等があれば、労働時間であり残業代の支払いが必要であることになり、なければ残業は労働時間とならず支払う必要はないことになります。また、残業を認めたとしても、手帳に記載されていた時間だけではなく、その他の証拠を精査して確認された時間相当の支払いも必要になると考えられます。

 

<POINT4.裁判例>

 労働時間の把握の方法として、タイムカードや労働者作成の手帳が争点となった裁判例がありますので、紹介します。

①日本機電事件[大阪地判平24.3.9]

 事件概要は、建築現場仮設資材の製造等の会社で営業担当をしていた労働者が、会社に対して退職慰労金、時間外割増賃金等を請求した事件で、裁判所は、「タイムカードはなく、その他労働時間を明確にする資料は存在せず」の中で、「原告が自己の労働時間をメモしていたと主張する手帳を提出しているが、原告主張の労働時間が記載されている日は、ごくわずかであり、このようなごくわずかな日数の労働時間の記載をもって、原告の主張を根拠付けることはできない」と判断しました。つまり、この事件ではメモ=手帳の記載が不十分であったので信憑性がないと判断されたものですが、このような自己作成のメモでも他の状況事実と突合して合理性が認められれば、また、詳細で具体的であり、他の事実との矛盾がなければ裁判時の事実認定に採用されることがあり得るといえます。なお、この事件で裁判所は、会社は労働者を管理監督者として時間外割増賃金を支払っていなかったことを違法として認容し、その支払いを命じました。

 

② 金本運送(割増賃金)事件[大阪地判平25.10.17])

 事件概要は、運送会社で勤務していた労働者が会社に対して時間外割増賃金を請求した事件です。会社は労働時間管理としてタイムカードを利用していたことから、裁判所は、まず平日の出勤時間をタイムカードで事実認定を行い、次に退勤時間、待機時間などについては労働者が提出した手帳による時間を補足的に事

実認定しました。この手帳には、当該労働者が「出勤時間、業務内容、車庫に戻った時間及び車庫整理業務終了後、退勤した時間を原告の手帳に毎日記入していた」ことを裁判所が事実認定し、証拠として採用したものです。

※当記事作成日時点での法令に基づく内容となっております※


≪参考となる法令・通達など≫

  • 労基法32条、37条、108条、109条、119条、120条
  • 労基則54条
  • 昭25.9.14基収2983
  • 昭63.1.1基発1
  • 平13.4.6基発339
  • 平15.5.23基発0523004
  • 「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置等に関するガイドライン」(平29.1.20、厚生労働省特設サイト)
  • 三菱重工業長崎造船所事件[最判平12.3.9]
  • 京都銀行事件[大阪高判平13.6.28]
  • 日本機電事件[大阪地判平24.3.9]
  • 金本運送(割増賃金)事件[大阪地判平25.10.17]