先ほど、取引先の拡大を図るため、SNSで自社製品を紹介したところ、予想以上に注目を集め、国内のほか海外の企業からの問合せなども増えている。
ただ、当社はいわゆる町工場としてこれまで少数の従業員で国内の仕事をこなしてきたところですので、外国語による問合せなどに対応できる語学力をもった従業員がいないため、即戦力として高い語学力をもつ人材を募集したところ、数名の応募があり、その中から試用期間を3か月として1名を中途採用した。
が、しかし、採用後、その者に実際に業務を担当させてみたところ、海外の企業と円滑に交渉や打合せなどができずに取引関係を作ることができず、せっかくのビジネスチャンスが頓挫する例が続き、当社が望むレベルの語学力をもった業務がこなせないことが明らかとなった。
検討はしたが、当社は小規模のためにこの中途採用者を別の業務にうまく配置換えできる部署がなく、このため、やむなく、試用期間終了後に能力不足を理由として本採用を拒否したいと考えている。
この場合、法的な問題などはないか。
中途採用者の能力不足を理由として本採用を拒否したいというお題ですが、採用当初からの本採用ということではなく、試用期間をもうけた場合のこの期間の法的な性格はどのようなものか、また、本採用の拒否とはその後の労働契約関係は継続しないということですので、この拒否と解雇との関係はどう解されるのかをまず確認する必要があります。
これまで、その拒否の理由はさまざまですが、本採用拒否の適否をめぐる裁判例は多く示されているところ、最高裁判決では、試用期間の法的性格については、この期間の使用者と労働者間においては、通常の労働契約ではなく、解約(解雇)権留保付労働契約が成立していると解し、本採用拒否とはこの留保されている労働契約の解約権の行使、すなわち解雇ととらえ、その解雇に客観的に合理的な理由が存し、社会通念上相当であると是認される場合にのみ許されると判示しています(三菱樹脂本採用拒否事件[最判昭48.12.12]ほか)。
この解雇の有効性に関する考え方は解雇権濫用法理と呼ばれ、この法理を実定法化した労働契約法第16条においても同旨の規定があります。
次に、この留保された解約権行使については、通常の解雇にくらべてより広い範囲で認められると解されており、この最高裁判決では、解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当と認められる場合のみ許されると判示していますが、それでは、具体的にどのような場合が適法な留保解約権の行使といえるかどうかは個々の事案に応じて判断するしかないと考えられます。
お題の場合の試用期間とは、その期間において、海外の企業とのやり取りによって会社の仕事の拡大を図るための十分な語学力をその中途採用者が有しているか否かを見極める趣旨のものと考えられますが、その者にはそのようなレベルの語学力がなかったことによる海外企業との取引の不成立などの例が続いているという明らかな事実からしますと、一般的には、お題の能力不足を理由とする本採用の拒否も適法と判断される方が強いと考えられます。
ただ、トラブルを防止する観点からは、本採用の拒否についての本人の納得を得ることが重要ですので、単に会社が期待した語学力の不足を抽象的に説明するのではなく、語学力の不足が原因となって海外の仕事が取れなかったなどの客観的な具体例をあげて説明することが重要と考えます。
<POINT1.試用期間と本採用の拒否の法的関係>
一般に、企業が新たに労働者を採用する場合には、履歴書の確認や面接、場合によっては一定の筆記試験の実施などを通じて、その採否を決定することとなりますが、企業が求める業務処理能力などを有しているか、特に、中途採用者の場合には即戦力となる能力を有していることへの期待が大きいといえます。このため、採用した者が、企業が求める能力、適性等を有するか否か、勤務態度等から雇用関係を継続することが適当か否かについては、実際の仕事ぶりを見たうえでその確認・判断を行うため、採用後一定の期間を試用期間として設け、その期間内に能力、適性等が認められ、雇用を継続することと判断された場合にはその試用期間満了後は本採用とし、認められない場合にはその期間満了後または期間中に本採用を拒否するというものです。これが一般的な試用期間ないし制度の趣旨・目的といえるでしょう。ただ、この試用期間(一般には3か月~6か月間とされる場合が多いようです。)を設けるか否かは企業の裁量に属し、設ける場合には就業規則の中に規定されることとなります。
ところで、この試用期間中は労働契約関係にあることは間違いありませんが、まだ本採用(正式採用)とはなっていませんので、この期間の趣旨・目的と期間中の労働契約の解約(本採用拒否)の法的性格はどのようなものかといえば、『A』で紹介しています最高裁の三菱樹脂本採用拒否事件判決において、「企業者が、採用決定後における調査の結果により、〔中略〕当初知ることができず、また知ることが期待できないような事実を知るに至つた場合において、そのような事実に照らしその者を引き続き当該企業に雇傭しておくのが適当でないと判断することが、上記解約権留保の趣旨、目的に徴して、客観的に相当であると認められる場合には、さきに留保した解約権を行使することができるが、その程度に至らない場合には、これを行使することはできないと解すべきである」と判示しています。
同判決は、このように試用期間中は解約権留保付労働契約関係にあると解し、さらに、「留保解約権に基づく解雇は、これを通常の解雇と全く同一に論ずることはできず、前者については、後者の場合よりも広い範囲における解雇の自由が認められてしかるべきものといわなければならない」としつつ、この解約権の行使(解雇)が適法となるには、「解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合にのみ許されるものと解するのが相当である」と判示しています。
この最高裁の三菱樹脂本採用拒否事件判決(同判決は、同種事件についての下級審判決に大きな影響を与えています。)を踏まえますと、解雇たる本採用の拒否は通常の解雇より緩やかにその有効性が認められることになりますが、どの程度緩やかであるのかについては、具体的な基準などが示されているわけではありません(その性質上示しえないでしょう。)。
したがって、結局のところ、本採用の拒否が有効と認められるか否かは、その拒否の理由の適否を含め個々の事案ごとの諸事情を勘案して判断するほかありませんが、その場合であっても、解雇は客観的に合理的理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合はその権利を濫用したものとして無効とするという解雇権濫用法理に従うことになります。
なお、この解雇権濫用法理は、この最高裁判決や日本食塩製造事件[最判昭50.4.25]などによって確立した判例法理を形成しているものですが、実定法上も、平成15年の労働基準法改正によってその法理を取り入れた第18条の2として規定され、さらに、平成19年の労働契約法の制定により同条の規定はそのまま労働契約法の第16条に移行されています。
<PIONT2.能力不足を理由とする本採用の拒否の実務対応>
本採用の拒否は、試用期間中の客観的に明らかな勤務態度等の不良、刑事事件を含む非違行為などを理由としたものについては、その合理性・相当性につき比較的客観的な評価を行うことができる場合が多く、その有効性が認められる例も比較的多いと考えられますが、能力不足や協調性の欠如などを理由とする本採用の拒否については、そこに客観的なエビデンスが明らかでない場合には、使用者の恣意的な判断によったものではないかという疑義が生じる場合があります。このため、実務的には、このような疑義が生じるのを防止し、さらに、拒否の理由が客観的に合理性等をもつことを明らかにしておくため、次のような対応をとることが適切と考えられます。
まず、採用時において、服務規律に関することとともに、企業が求める業務遂行上の専門的な能力、スキル等、特に、中途採用の場合は即戦力として採用する場合が多いこともあることから、そのために必要な業務遂行能力のほかこれまでの経験知などについても企業として遺漏なく確実に説明し、理解を得ておくとともに、就業規則の該当規定を示すなどして試用期間制度の趣旨、目的を説明し、理解を得ておくことも重要と考えられます。
次に、試用期間中においては、採用者の能力、適性等に関する評価者(客観性を担保するためには複数者が望ましいこと)を選任し、その採用者が企業として求める能力、経験などを発揮して期待する職務を遂行しているか否かなどの観点をもって、実務に従事するその採用者の状況について組織的に観察・確認していく必要がありますし、試用期間中は場合に応じて適切に指導・教育を行うことも必要でしょう。そのうえで、それらの対応による職務遂行上の問題、課題あるいは評価などをより具体的に記録などしてエビデンスを残すとともに、試用期間中の者に対してもこれら記録した内容について適宜、適切に説明し、本人の理解を得ておくことが重要です。
このような試用期間中における企業の対応の内容・結果を取りまとめ、本採用として雇用関係を継続することが適当か否かを組織的に判断し、本採用を拒否するとした場合は、トラブルを防止する観点も含め、本人に対し、拒否する理由を試用期間中に観察・確認した客観的なエビデンスを用いて説明することが必要であり、かつ重要でしょう。
したがって、実務上は、試用期間中の解雇ないし本採用の拒否は、通常の解雇よりやや緩やかにその有効性が認められるとはいっても、ことさらに使用期間制度の趣旨等を強調ないし意識しすぎて安易に解雇を行うことはできないことを踏まえたうえで、最終的には、裁判所において解雇権濫用法理によってその効力が判断されることも念頭に、解雇理由、手続などについて、通常の解雇の場合と同様にこの法理に適合したものとなるよう、適切に対応されることが現実的でかつ重要でしょう。
ちなみに、この点に関し、中途採用者の本採用拒否の有効性が争われたライトスタッフ事件判決[東京地判平24.8.23]においては、「試用労働者の適格性判断は、考慮要素それ自体が余りに抽象的なものであって、常に使用者の趣味・嗜好等に基づく恣意が働くおそれがあるのも事実である。そうだとすると留保解約権の行使は、実験・観察期間としての試用期間の趣旨・目的に照らして通常の解雇に比べ広く認められる余地があるにしても、その範囲はそれほど広いものではなく、解雇権濫用法理の基本的な枠組を大きく逸脱するような解約権の行使は許されないものと解される」と判示し、中途採用社員の本採用拒否が無効とされていることに留意すべきでしょう。
<PIONT3.本採用拒否をめぐる裁判例>
本採用の拒否(解雇)は、能力不足以外の理由によって有効性が認められた裁判例(例えば、モービル石油事件[東京地判昭51.3.24])では、試用期間中に刑事事件で逮捕拘留され、それにより長期間欠勤した従業員を不適格として解雇したことが有効と判示されています。)もありますが、ここでは、中途採用者の能力不足などを理由とする本採用の拒否をめぐる裁判例の中で解雇を有効と判断した比較的近年の次の3判決をご紹介いたします。
(1)社会福祉法人どろんこ会事件[東京地判平31.1.11]
- 原告(労働者)は、その経歴から、発達支援事業部部長・法人グループ全体の事業推進を期待される幹部職員として、高額な賃金待遇の下、即戦力の管理職として中途採用されたもので、職員管理を含め法人において高いマネジメント能力を発揮することが期待されていたこと
- 原告の業務運営の手法は、少なくとも施設長らとの円滑な意思疎通が重要となる事業部部長としては、高圧的・威圧的で協調性を欠き、適合的でなかったと評価せざるをえないこと
- 他の職員の業務遂行に悪影響をおよぼし、協調性を欠くなどの言動 のほか
- 履歴書に事実に著しく反する不適切な記載があったこと
などから、本採用拒否による契約解消は、解約権留保の趣旨、目的に照らし、客観的に合理的な理由が存し、社会通念上相当なものと認められると判示
(2)ゴールドマン・サックス・ジャパン・ホールディングス事件[東京地判平31.2.25]
- 特定の部門において専門的な業務を担当することを前提とし、求められる基本的資質としても、大学卒業以上という一般的な基準だけでなく、金融業務における5年以上の実務経験を有していること等が業務内容であり、原告(労働者)もこのことを理解して自らの経歴を記載した履歴書を提出して応募していること
- 大学新卒者とは異なり、被告(会社)の求める要件を満たす経験者として、即戦力として採用されたものと認めるのが相当であること
- 原告の業務上の多数のミスは決して軽微なものと評価すべきものではないこと
- それらミスに対し上司らが多数回にわたって指導等を行ったものの、有意な改善が見られず、それら多数のミスがそもそも指導等によって改善を期待するというよりも、自らの注意不足や慎重な態度を欠くことに由来すると考えられること
などを認定し、本採用拒否には客観的な合理的理由および社会通念上の相当性があるとして、解雇は有効であると判示
(3)シティグループ証券事件[東京地判令4.5.17]
- 原告(労働者)が、出向先に以前在籍していたという職歴に着目して管理職として採用したが、その性向まで採用時に認識することは困難であったこと
- 勤務経験が浅く、職場の実情等を十分に把握していると認められない中で、連携を図るべき課長について課長職としての適格性を頭から否定する内容のメールを上司である部長に送付、あるいは他部署の職員の能力等を否定的に評価するメールを課内の全職員が受信する態様で送信したり、取引先の担当者に、通常、高圧的と印象を抱かせるメールを送信したこと
- 原告の言動に対し、周囲の職員が困惑・反感を示す中で、上司である部長が繰り返し指導したにもかかわらず、自らの主張が正しいというばかりで、その指導に耳を貸さなかったこと
- 顧客との契約に当たる部署と連携することなく、単独で取引先との打ち合わせを行い、同部署等の不信感を強めたこと
などから、本件解雇については、雇用契約の留保解約権の行使として客観的に合理性を欠き、社会通念上相当と認められない場合に当たるとはいえず、有効であると判示
(4)柏書房事件(さいたま地判令4・4・19)
- 経験者として採用されたにもかかわらず、営業方法に適切性を欠き、結果として営業担当者に期待する売上を達成できない日が多くあるなどしたこと
- 会社の指示や決定に反した行動をとり、必要な情報の営業部内での共有をしなかったこと
- 業務命令に違反し、注意や叱責を受けてもこれを不当と捉えて内省しなかったこと
- 原告の妻と思しき人物による誹謗中傷や抗議の電話があった時期から体調不良を理由に出席しなくなり、解雇通知を受けると出社無用との指示どおり、欠勤の連絡もしなくなったこと
などから、営業職としての適性を有するとは認めがたいとし、会社が本採用を拒絶し、試用期間の満了をもって契約を終了させることについてやむを得ない事情に該当すると判示
これら4事件判決で注目願いたいのは、いずれも1.から4.にまとめました裁判所が認定した事実(判決文ではさらに詳細な事実認定がなされていますが、ここではそれらを要約ないし一部割愛しています。)についてです。
これらの判決では、試用期間の趣旨等を踏まえつつ、能力不足などを理由とする本採用拒否(解雇)が解雇権の濫用には該当しないとした裁判所の判断の根拠となった認定事実が示されており、これらからうかがわれるのは、これらの事実がかなり詳細でかつ具体的であり、本採用として雇用関係を継続していくには明らかに能力不足であることなどが立証されているということです。
すなわち、以上からいえることは、企業としては、能力不足を理由とする本採用拒否を行うにあたってその有効性が認められるためには、前項で記しましたように、試用期間中の実務に従事する採用者の能力に関する問題点等の記録などの対応を確実に講じておくことが重要であるということを改めて申し上げておきたいと思います。
なお、通常の労働契約における能力不足などを理由とする解雇の効力については、機会を設けてお伝えします。
※当記事作成日時点での法令に基づく内容となっております※
《参考となる法令・通達など》
- 三菱樹脂本採用拒否事件[最判昭48.12.12]
- 日本食塩製造事件[最判昭50.4.25]
- モービル石油事件[東京地判昭51.3.24]
- ライトスタッフ事件[東京地判平24.8.23]
- 社会福祉法人どろんこ会事件[東京地判平31.1.11]
- ゴールドマン・サックス・ジャパン・ホールディングス事件[東京地判平31.2.25]
- シティグループ証券事件[東京地判令4.5.17]
- 柏書房事件[さいたま地判令4.4.19]
