当社では、全国転勤を前提とした総合職と、転勤地域を限定した地域限定職を採用しており、地域限定職は総合職の80%程度の賃金体系としている。
この度、ある総合職の従業員に転勤を命じたところ、拒否されてしまった。
この従業員の賃金について、地域限定職と同様の賃金水準まで減額をしたいが可能か。また、これまで総合職として支払った賃金の一部の返還を命じることは可能か。
地域限定社員とは、一般に、勤務地が一定地域内に限定され、その範囲内の勤務地にしか配転されないという労働条件の正社員をいいます。
総合職の従業員は、全国の勤務地に配転が可能な正社員となり、総合職は幹部社員候補として労働条件等も優遇されることになります。
お題の場合、配転命令を拒否したことによる懲戒処分なのか、人事権を根拠としたものかが明確ではありません。
しかし、賃金を減額できるかどうかは、賃金が労働契約の最も重要な労働条件であることから、使用者は、労働者の合意、懲戒処分等の特段の事情がない限り、一方的に減額することはできないものです。
また、お題の場合、配転命令を拒否していることから、業務命令違反とした懲戒処分や人事権の行使として地域限定職へのコース別雇用管理の転換が可能と考えられます。その結果として、貴社の労働協約や就業規則等に基づいて賃金を減額することはできます。
なお、お題のように、総合職の従業員が、命じられた転勤を拒否したことに対し、会社が賃金の一部の返還を請求した事件で、返還を認容した裁判例があります。
<POINT1.地域限定社員とは>
「地域限定正社員」とは雇用形態の1つで、勤務地が一定の地域内に限定される労働条件を契約した正社員のことです。一般に勤務地が通勤可能な範囲内であることを想定しており、地域限定正社員が転居を伴う転勤となることはあまり多くはありません。この制度は、最近の企業環境の変化から導入されることが多くなってきました。入社時に、勤務地や仕事内容などを初めから本人希望と会社希望を合意しておく制度で、それらをある程度選択できる制度として普及してきています。
一方、総合職は、管理職等となることを期待された幹部候補の正社員で、入社後どのような仕事をするのか、勤務地もどこになるのか採用時点ではまだ何も分からないということになります。
配転等を命じる法的な根拠としては、業務の必要に応じて転居をともなう転勤や出向が就業規則等により包括的に合意されていることが必要になります。
また、かつては、女性が総合職に就けないことが多くありましたが、男女雇用機会均等法による職場の男女差別撤廃によって、男女のコース別雇用管理は違法とされ、女性も男性と同じく総合職に就くことがでるようになりましたがまだ十分とはいえませんでした。2006年の男女雇用機会均等法の改正において間接差別も禁止され、転勤については転勤要件が女性にとって不利益な結果にあたる間接差別の1つとして挙げられています。
<POINT2.配転命令の根拠>
配転とは、従業員の配置の変更であり、職務内容や勤務地が相当に長い期間にわたり変更されるもので、このうち勤務地の変更が転居を伴うものが転勤といわれており、我が国の企業において典型的に見られる人事異動の形態です。
また、配転命令の根拠については、判例において、①労働協約および就業規則に転勤を命ずることができる旨の定めがあること、②入社時に地域を限定する旨の合意がなされていないこと、の場合には使用者は労働者の個別の合意がなくとも配転を命じることができるとされています(東亜ペイント事件[最判昭61.7.14])。
このように、配転命令は人事権の行使として広く認められていますが、それが社会通念上著しく妥当性を欠く場合は権利の濫用とされ、違法とされることがあります。転勤の場合に権利の濫用にあたるかどうかは、労働者が被る生活上の不利益の内容・程度が通常甘受するべきかどうか、転勤させる業務上の必要性や合理性があるかが問われることになります。
また、地域が限定されている労働契約が締結されている場合は、勤務地が限定されており同意がなければ、一方的に異動を命ずることはできず、配転命令は権利の濫用として無効とされます(新日本通信事件[大阪地判平9.3.24])。
その後、職種限定合意があったとされる労働者が長年勤務していた技術職から総務に配転命令が出されたことについて、配転命令が職種限定合意に反するかどうかが争点となった判例において、「労働者と使用者との間に当該労働者の職種や業務内容を特定のものに限定する旨の合意がある場合には、使用者は、当該労働者に対し、その個別的同意なしに当該合意に反する配置転換を命ずる権限を有しない」と判示した最高裁判決が出されました(社会福祉法人滋賀県社会福祉協議会事件[最判令6.4.26])。
<POINT3.賃金の減額について>
お題については、労働者自身が総合職を選択しており雇用契約として成立しているもので、転勤命令を拒否していることから、このような場合は厳格に適用し、業務命令違反として懲戒処分を行うことが一般的と考えます。その後、人事権を行使し、コース別雇用管理の転換や職位の引下げを行い、就業規則等に基づいて賃金の減額が行われた場合には違法性はないと考えます。また、労働者の被る不利益の観点は、通常甘受すべき程度を著しくこえる不利益でない限り、一般的には権利の濫用の問題は生じないものと考えられます。
お題の会社においては、地域限定職の職務内容と賃金が連動している賃金体系のようであり、コース別雇用管理を地域限定職に転換した上で、賃金規定に基づいた賃金を支払うことで、結果的に賃金が減額されることは問題がないと考えます。
<POINT4.差額賃金の返還について>
これまで総合職として支払った賃金を返還させられるかについては、簡単ではなく地域限定職制度の内容、総合職の職務、それらの運用の経過などを総合的に考慮して判断する必要があると考えます。
一般的には、総合職として働いてきており、職務遂行には問題がなかったと考えられ、不当な利得を得ていたとまではいえず、返還を求めることは難しいと考えます。ただし、個別の合意がある場合は返還させることも可能と考えますが、その際、金額が多額の場合には一定の配慮をする必要があると思います。
一方で、転勤を拒否した総合職に対して、地域限定総合職との差額賃金を半年分返還させる社内規定がある場合に、「本件規定に基づく返還請求は、あくまで就業規則に基づき本来支払われるべきでなかった賃金差額の返還を請求するものであって、労働者に対して金銭賠償をさせるという処分を課すものとはいえない。また、原則として一律に半年分の返還を求める点についても、前記のとおり、原告の側で当該従業員の転勤に支障が生じた時期や事情を客観的に確定するのが通常困難であることを理由とする合理的な措置といえるし、転勤に支障が生じた時期が半年以上前であっても半年分を超える返還は求めておらず、必ずしも従業員に不利な内容とはいえないから、上記の点を不合理ということはできない。よって、被告の前記主張は採用することができない。」と判示した裁判例があります(ビジネスパートナー従業員事件[東京地判令4.3.9])。
※当記事作成日時点での法令に基づく内容となっております※
≪参考となる法令・通達など≫
- 労基法24条、89条
- 均等法6条、7条
- 東亜ペイント事件[最判昭61.7.14]
- 新日本通信事件[大阪地判平9.3.24]
- ビジネスパートナー従業員事件[東京地判令4.3.9]
- 社会福祉法人滋賀県社会福祉協議会事件[最判令6.4.26]
